hiromi-okayama’s blog

燃えるハートの雪女☃️というステキなコピーを藤田社長からいただきました

「なんでもない人」から「なんかよくわからない人」になりたい

2020年になってもうすぐ1週間が経とうとしていますが、2019年の振り返りとかしようかなぁなんて思っています。

 

1月〜4月

毎日泣きそうになりながら?泣きながら?会社員をやっていました。
1月に大樹町の友だちの家*1に行って景色に感動して住みたいと思った。

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絵画みたいな景色の、一室貸しのゲストハウスHOUSE MOEWA


5月〜6月

働きたくなくて、大したなかった貯金を使いながらブラブラ、ダラダラしてたら貯金が結構厳しい感じになってきた。
退職して、たまたま声をかけてもらった仕事についた。
2箇所で働いてたけど、どちらもアルバイトでお願いした。
直会社員は頑張れないと思ったし、フリーランスみたいに頑張れないと思ったの。
なので、時間給を選んだ。
心はだいぶ楽になった。職業はフリーター。そこそこ気に入っていた。

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フリーターのときの写真。撮影ははらちゃん。楽しそうだよね。

 *2

7月くらい〜12月

会社員時代はお給料もちゃんともらっていたので、ちょくちょく道内各地に行っていたんだけど、辞めてからはお金がなくなってしまったのもあり、そして私が札幌で何もやってないことに気づき、札幌に軸を置いた。

何が転機だったか忘れてしまったけれど、コーディネーターとかイベントの企画とか司会とか、なんかそういう仕事が面白いなと思うようになってきた。
多分自分で企画した9月のイベントで司会をやったからだと思う。
目的を決めて、参加者のターゲットを決めて、ゲストを考えて…って、上手く言葉にできないけど、立体的なパズルを組み立てているような面白さがある。ヒットするサービスを作らなくても、社会に還元できることはあるんだなと実感した。
特に面白いなと思い始めたのは、肌寒くなってからだと思う。
ICCで学んで、大人座で試す、そんな日々。

 

  1. どう使うの?クラウドファンディング
  2. アドレスホッパーが語る!常識を疑い、本質を捉えるための生き方
  3. 挑戦したいから、地方を選んだ。〜元地域起こし協力隊とエーゼロ厚真が語るデザイン思考とまちづくり〜
  4. 教えて!マーベル
  5. 教えて!インボイス制度
  6. ICCで自由研究を作ろうワークショップ
  7. ライジング1日目残念だったけど大人座で飲もう
  8. 勝手に!ライジングサン後夜祭!
  9. 大人座・座談会!みんなどうやって働いているの?
  10. 猫好きによる、猫好きのための、猫好きの集い
  11. 北海道discoBARで北海道discoverしよう!
  12. 猫好きの集い@大人座
  13. フリーランスだらけの忘年会!〜起業家もウェルカムだよ〜
  14. ウイスキー飲み放題!フード持ち込みOKの2時間1本勝負
  15. 大人座たこ焼きパーティー〜ワイのたこ焼きが一番や!〜

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もっと多くの人に使ってほしくて、クラファンのイベントやりました。


 

数えると少ないな!実質3ヶ月で10本くらいか。まぁまぁがんばった。
モデレーターや司会だけならば、NoMaps「田舎の未来」、STARTUPCITYSAPPORO CAFEもかな。

初めてやることばかりだったので、失敗もかなり多かった。人が集まらないこともあったし、全然うまく司会できないこともあった。とにかく学びが多くて。特にICCには師匠(と勝手に思ってる)もいるので、自分のトライアンドエラーを重ねるのは絶好のチャンスだった。なんだか分からないけど、何かが積み上がっていっている気がした。

 

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うちの猫。かわいい〜〜〜〜〜〜

しかし!

「おかぴーって何してるの?」

「肩書教えてください」

はいこれです。答えられません!何してるのか自分でもよくわかってないし、まだまだ、ただの「なんでもない人」なんだもの。

 

2020年は。

ただの「なんでもない人」、目の前に来たボールをとにかくキャッチする日々だった2019年。上手く取れないことが多かったけど、でもたまに、きっちり取れて、それを遠くに投げれたりした。

だから今年は、「なんかよくわからない人」になりたいなと。「なんでもない人」じゃなくて、「なんかよくわからない」けど、「なにか一緒にやりたくなる」とか「なにか注目してしまう」とか、そんな人になりたいなと。

札幌にいるのもあと4ヶ月。札幌で仕事するのもあと3ヶ月。変わらず目の前に来たボールをとにかくキャッチして、上手って遠くに投げられる回数を増やしていく。地道にコツコツと、トライアンドエラーを繰り返して積み上げて、そして「なんかよくわからない人」になりたいなと思う。

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STAR WARSをキャッチしようとするかわいい愛猫ドクター

 

*1:大樹町のHOUSE MOEWA https://www.housemoewa.com/

*2:はらちゃんのTwitter https://twitter.com/idenxtity0911

教えてほしい、どうしてサンタさんがいるなんて言ったの?

私の父は単身赴任が多かったので、幼少の頃は、母と妹と3人だった。

幼い頃は、「サンタさんがいる」と思っていた。
だって、サンタさんに手紙を書いたら返事が来た。英語だったし、筆記体だったし、母にはこんなにキレイな筆記体書けないし。
家にある煙突は細すぎて人が通れないからサンタさんはどうやって来ているのか母に尋ねたときに、「私はちゃんと窓の鍵を開けているよ」と言われた。母は毎年ずっとクリスマスイブに大きな窓の鍵を開けていた。

でも小学5年生くらいの頃だろうか、サンタさんが「いる派」と「いない派」に別れた。「いない派」は決まって、「いる派」に向かって「まだ信じてるの?子どもだな」ってバカにしてきた。

小学6年生になると、私は「いない派」になった。表向きは、サンタさんなんていないよ、って言うけど、でも心の中では信じてた。信じたかった。信じたかったけど、ほぼほぼ親がやっていることが確定していた。私は、揺れていた。

もう大きくなってくると、親かもしれないという考えから、欲しい物をリクエストできなくなっていた。ので、母に向かって「サンタさんはいないから、プレゼントいらない」と、妹がいないところで伝えたと思う。

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その年のクリスマス、SPEEDのCDアルバムと共に、サンタさんから日本語の手紙が入っていた。「母がずっとサンタさんから頼まれてプレゼントをあげていました。」という内容が書かれていました。

泣いた。家族に見られないよう、こっそりと泣いた。

ショックだった。やっぱりサンタさんがいなかった。「窓の鍵を空けている」なんて言っときながら、ずっと母がプレゼントをくれていたのだ。嘘つきだ。悲しかった。「いない派」がずっと正しかったのだ。私は騙されていたのだ。悲しかった。信じたかったのにサンタさんがいなかったのだ。

1999年12月25日は、私が迎えたクリスマスの中で、最も悲しい思い出となったのだ。

 

さぁ、教えてほしい。どうして親は子どもに「サンタさんがいる」なんて信じ込ませるんだろうか。
信じた結果、めちゃくちゃ悲しい思いをした子どもは、きっと私だけじゃない。疑うまでの10年間はきっと毎年楽しいクリスマスだったとは思う。でも、12歳のときの悲しみは、とっても大きかった。もはやトラウマだ。

私は最初から、「親がサンタさんからプレゼント預かっているよ」という体でいてほしかった…。そういう信じ方をしたかった…。

 

という話を夫にしてたら泣けてきた。あれから20年経っても泣ける。ちなみにこの記事を書きながらも泣いている。悲しい。サンタさんに会いたかったなぁ。

結婚式をしたくなかったけど、結婚式をしました。

小さい頃はあんなにウェディングドレスに憧れがあったはずなのに、大人になったら色々なことが重なって「結婚式はしたくない!」と思うようになっていた。でも写真には残したいなと思っていたのでウェディングフォトだけにしようと思っていたんだけど、母からの結婚の条件として「結婚式を挙げること」と提示されてしまったので、するしかない。9月頭に思い立ち、10月頭に結婚式を挙げました。 

※ちなみに、いろんなこと書いているけど、私はこう思っているだけで、結婚式挙げた人を批判するものではありません。

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北海道神宮での挙式。「君の名は」みたいに巫女さんが舞っていた!

▼私のこじれた結婚観

hiromi-okayama.hatenablog.com

 

違和感の連続

私は「どちらかが、どちらかの籍に入る」とう入籍スタイルは、家制度を引きずっているような気がしてどうも納得が行かなかった。2人が新しい家族を新しく作るので、「入籍じゃなくて新籍とか創籍」だと思っている。

そういう考えの二人だったので、姓もどちらかのものを選ばなくてはならなくて、変えたほうが不利益を被るのもおかしいと思っている。私達の場合は、私の姓を二人で選んだので、二人とも「岡山」なのだ。

詳しくは上に貼った過去記事を読んでくれ…

 

まず絶対に旧姓を聞かれる。いや、良いんだけど、なんで旧姓必要なんだろう?結婚って家のものじゃなくて二人のものだよね?◯◯家と◯◯家の婚姻で◯◯家はもう安泰だな〜みたいな時代じゃないのに、まだそれやってるの?家制度は大日本帝国憲法で定められてるはずなので、戦後に終わっているはず。昭和、平成、令和と来ているのにまだ家制度を引きずっているのか。
ちなみに、私達は会食のタイトルを「夫氏の名前&岡山ひろみWedding Party」にしたので結局最初から最後まで◯◯家というのは使わなかった。だから書く必要もなかった。

次に「旦那様orご主人と奥様」と呼ばれる。下の名前で呼べば良くない?

北海道神宮で挙式をしたのだが、祝詞に「子孫繁栄」と書いていた。私は子どもほしくないし、子孫繁栄のための結婚じゃない。二人が幸せになるための一つの手段だ。別に結婚しなくたってよかった。

1日中付き添ってくれた介添人から「女性は男性の後ろを歩く!!」と何度も言われた。夫は海外の会社で働いていることもあってレディーファースト派なので、よく私が先に歩いていて、その癖でサササって先に歩いてしまうと介添人から怒られた。好きなように歩かせてくれよ!!!!!

空き時間に撮影してたら、夫の鼻から鼻毛が出ていることを発見し爆笑しすぎて涙でてしまい、涙を拭っていたら介添人から「まぁ!(やっと)感動の涙ですね!」って言われて、女は感動して泣かなきゃいかんのかい!楽しくて笑ってるほうが良いだろ!!!!

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普通は花嫁ネイルしてるんだろうけど普通の爪で臨んでしまった

 

ただ、オリジナリティ溢れすぎると戸惑われるということも分かった(笑)

まず結婚式は母親から出された条件だったので、お互いの家族だけで行った。私達を含めてたった10人の、小さな小さな結婚式。ホテルに集合し、バスで北海道神宮に向かい、そこからホテルに戻って会食。

挙式では指輪の交換はしなかった。神道だし、指輪は随分前からつけてるし今更感もあった。(リングピローを用意するのも面倒であった)

会食は、お互いの家族で固まるのではなく、バラバラに座ってもらうようにした。夫の義姉と私の妹が近くなるようにとか、3人しかいない男性陣が近くになるようにとか、そういう工夫をしつつ。だから、各席に置く名札は、自分からだけじゃなく相手からも名前が見えるようにしてみた。少しでも会話が弾むと良いなぁと思って。でもめちゃくちゃみんな戸惑っていたwwwwごめんwwww
そして乾杯の挨拶は、パーティーのホストがすべきでは???と思ったので自分でしたw 夫の家族は若干戸惑っており、私の両親は呆れていた。
夫が札幌でどうやって暮らしているかのプレゼンテーションを私からしてみた。夫を東京からこっちに引っ張ってきてしまい、彼を幸せにする責任と、その様子をご家族に伝える責務があると思ったのでやってみたが、意外とウケてて安心した。
最後は、みんなに感想を一人一言ずつ言ってもらった。これが一番よかった。母に言われて、たまたま空いていた日に結婚式やってみたけど、夫のご家族も喜んでくれてて、私の家族も喜んでくれてて、それを各々の言葉で表現してもらえたというのが、すごく嬉しかった。家族だけで食事会する人におすすめです。

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この写真、結構気に入っている

ケーキカットはどこまでもついてくる

上記の流れからもご想像の通り、ケーキカットがどうしても理解できないタイプの人間です。特に「ファーストバイト」が一番好きじゃなくて、夫→妻「一生食べるの困らないように」、妻→夫「一生おいしいもの作ってあげる」みたいな意味付けが一番キライでしてね。それは夫と妻で役割を分けるのではなく、お互いやっていけば良いのでは、と思っているタイプなので、会食だとやらなかったんですよね。

そしたら、有志でのお祝いを何回かしていただいたのですが、全てに大きなケーキが出てきまして、ケーキカットを毎回するっていうwwwwww会食でしちゃった方が良かったんじゃないかと思うくらいwwww用意してくれた気持ちが嬉しいので、僭越ながらカットさせていただきました!

ケーキカットって結婚式を象徴する催しで、ケーキカットにこんなこと考えるのって私ぐらいこじらせてる人間だけなんだろうな…って思いました。

 

家制度にはサヨナラして、新しいカタチを模索したい

ホテルのウェディングプランナーさんが理解ある人で、「こういうのはしたくない、ここには力をいれたい」という私の要望をすんなり受け入れ、いい感じに整えてくれました。ありがとうございました。
でもやっぱりベースが家制度に則った、とっても古いカタチだと思うんです。あと、甲子園や駅伝のように「感動の押し付け」が結婚式のテンプレにすごく詰まっていると感じました。「北海道は、東京のように形式が決まりきってないんですよ」って言われたけど、根底の共通認識みたいなのは一緒だなと思った。それを良しとする人がいてもいいけど、もっと違うカタチにも展開しやすいようにしてもらえるといいのにな、って思いました。

サプライズでお祝いしてくれたみなさま、ありがとうございました!私達のために1時間でも2時間でも時間を割いてくれるのがとっても嬉しかったです!札幌でそういう人たちができたっていうのが、とってもうれしかった!

めちゃくちゃ強そうに見られるけど、何度もメンタルやられかけた話

最近知り合った若い子たち、みんな真面目でがんばりやさんだからこそめちゃくちゃ辛そうなこともあって、何か私が助けられないかな〜と思ったので着地が見えないまま筆を進めています。過去のメンタル壊れかけた話と、その原因と対策、こうすればよかった話をつらつらと書いていこうと思います。

元々私はかなり物事の受け取りが過敏な人間で、人の些細な言動に「私のせいかな」「私がこうすればよかった」「嫌われているかもしれない」と思うようなタイプです。若い頃は特にその傾向が強かったし、そのせいで落ち込んだり、落ち込んだらmixi日記にぶちまける、という流れでした。

 

25歳、最も辛かった日々

症状

胃がキリキリしがち(6ヶ月ごとに胃カメラ
→気がつけば涙が流れている
→朝起きられない、ベッドの中で泣く
→常にめまい・吐き気・頭痛

原因

仕事のプレッシャー。成果を出さなければならないという強い責任感。
周りのメンバーから指摘されてるだけなのに責められていると感じ(ただの被害妄想だが)そのダメージが蓄積していった。
逃げ場、相談相手がいない、上司に相談したときに「鉄の女になれ」と言われて絶望した

対策

結果的に他人に押し付け逃げた、部署異動した
漢方薬飲むとか、アロマオイルとか、そんなのまじ無意味。産業医と面談してさっさと休職すればよかったけど思ったけどそれも許されない感じだったので異動したいと言い続けて異動させてもらいました)
そしたらすぐに体調は改善されました。

小話

「鉄の女になれ」と言われてから、感情を捨てる(奥深くに閉じ込める)という技を学びました。マネジメントをやるには非常に有効なスキルだったのですが、私本来の生態からどんどん離れていくようになり、それをやり続けることでどんどん東京がしんどくなってきたと思います。結局、何かを捻じ曲げてどうにか自分を強くする、っていうのってほぼ難しいと思ってて、自分の性格とか生態とかそういうものをそのまま活かせるような仕事を見つけるほうが大事な気がしました。

でも「鉄の女になれ」と言われてそうなるように努力し、マネージャーポジションまで出世できたのはすごくよかった。ポジションを得たことで仕事の幅も広がり、いろんなことに挑戦できたのです。なので上司には絶望したけど感謝している。でももうあんなつらい1年間はいやだ。

 

 

31歳、初めて心療内科に行ったのもしんどかった

症状

とにかく夜眠れない。眠れたと思ったら悪夢を見る(グロ系、死ぬ系、殺す殺される系)ので起きたら寝た気がしない。疲れたまま仕事をし、またよる眠れない、疲れが取れないので思考がどんどんネガティブになりコントロールが不可能になりうつ状態に。やがて「今日眠れるのか、眠れないんじゃないか」という不安から余計に眠れなくなる。

原因

仕事のプレッシャー、責任感(25歳から成長してねぇな…)。
相談相手がいない(当時北海道拠点には私しかおらず、テレカンでもなかなか解決できず、機密情報なので社外の人にも言えず)

対策

心療内科に行って精神安定剤をもらった。でも心療内科に行きながら、同じ仕事を続けるというのが無理だなと思ったので、結果会社を辞めた。辞めて何もしてなかったらすぐ元気になった。

小話

会社はめちゃくちゃ心配してくれてケアしてくれて本当にありがたかったけど、私は距離もしんどかったし(思ったよりリモートワークが向いてなかった)会社員自体が合ってなかったのもあって、申し訳ないだらけだったけど退職させてもらいました…本当に申し訳ないし会社には感謝だらけ…。
会社辞めてからは、アルバイトというめちゃくちゃ責任のない仕事だけやってました。楽でした。自分の働き方って向き不向きあるんだな〜会社員ってほんと向いてる人じゃないと(どんなに良い会社でも)しんどいんだな〜って思いました。

 

まとめ

私は基本的に内省的な思考の持ち主なので、「なぜこんな状況になってるのか?」というのをひたすら考え(悩み)、その原因になっている環境から抜け出すことでメンタルを立て直してきました。逃げることって、最初は抵抗強いと思うのだけど、人生長いんです。逃げても良いんです。それは生きる知恵です。

いまは、会社員という立場を辞めて個人事業主ですが、めちゃくちゃ心の調子がよい!週3日絶対休むようにしてて、とにかく無理しない、「あー疲れた…」の積み重ねでどんどん心が荒んでいくので絶対に休みを確保してるようにしています。
そして会社員ではなく個人事業主ということで、もちろん不安や大変なことはあるけれど、自分が楽しくできるものしかやらない、という選択ができるようになりました。会社員のときは「私は会社の名前を背負っているのだから、こういうことをすべきだ、こういうことはしてはならない」と思って生きてきたけど、もうすべて個人の責任となったら本当に楽になった。私は会社員向いてなかった。

しんどくて、楽しい自分を維持できなくなったら、やっぱりそれは体がSOSを出しているということだと思う。そこは、我慢したり、意地とかいらないから、自分を大事にしてあげるのが、大切だと思います。

つっきーじゃないけど、みなさまご自愛ください!

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マイノリティは、声を上げていかねばならない。

札幌都心まちづくりプラットフォーム事業キックオフ企画、「札幌都心まちづくりラボ」に参加してきました。

余談ですが、テレビ塔の2階で実施だったので階段登ったら死ぬほど大変だった、テレビ塔の2階って普通のビルの5階に相当するらしい。もういっそのこと5階って記載してよ…(この間違えは2年ぶり2回目)

 

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見渡す限り、スーツを着た男性ばかり!ウォォォォこれは!!!この人たちが経済回してるのか!!!と謎の高揚感。

 

国土交通省都市局まちづくり推進課官民連携推進室長や、札幌市まちづくり政策局都心まちづくり推進室都心まちづくり課長からプレゼンがあった。世界にはこんな事例があるから、市民にとって本当に最適なまちを民官連携して作っていこうよ!っていう話。

そこから、ランダムに選ばれた数人とワークショップです。ワークショップは事前に宿題が出ていて『札幌都心を「多様性」の観点で考えたとき、今後どのような「多様性」が必要とお考えですか?』と。もうこれだけでなんか違和感がある。まぁそれはおいておいて、その多様性を実現するための課題とアクションを議論するというものでした。

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私のチームは7人で、うち女性は私を含めて2人、その他は30代の男性が3人、50代の男性が1人、60代の男性が1人でした。みんなスーツ、私はトレーナー。みんな黒髪、私は茶髪。これはもう薄々気づきます、ヤバそうと。

ワークショップ内でいろんな多様性の意見が出ました。多様性は多様性なので、正解はないと思うんですね。で、そのためのアクションを考えてたときに、60代の男性がこんなことを発言しました。

「働く女性のために、夜間までやってる保育所を作っていくとか。そうやって女性も働きやすい環境を作っていったら、子育てに優しいまちになるんじゃないの?」

一見、これ素敵な意見な気がするんですけど、よくよく考えると、こういう考えが背景にあるような気がしました。

 ・仕事は会社に行ってフルタイムでやるべき

 ・女性も男性と同じように働くべき

 ・子どもを持つ女性も俺と同じように長時間働くべき

この意見に「いいですね!」って言ってしまったら、何か、なんかダメな気がして、真っ向から食って掛かってしまいました(ごめんなさい)いや、もちろん合ったほうがいいと思うんだ!たぶん!私は子どもがいなから詳細わからんけど!

「そもそも多様性の議論をしているのに、マジョリティにマイノリティが合わせるためのアクションをするのは違うと思います。そもそも女性だけが子育てするわけじゃない、男性も一緒になって育てられなきゃいけないから、望む人には男性も女性も休暇を取りやすいとか働く時間を短くできるとか、もっと働き方を多様にしていくべきだと思います」

そうしたら、もうひとりの女性や、若い男性も同意してくれました。

 

意見を言った60代の男性がズレてるよね、って話ではなく、全部好意や善意で意見を出してくれてるんですよね。それは本当にありがたいなと思うんです。でもね、マジョリティは所詮マイノリティの本当に望んでいることなんてわからないんです。今日ワークショップに参加して痛感しました。本当に望んでいるものがあるならば、マイノリティは声を上げていかねばならないんだ。自分で自分の道を切り開いていかねばならないんです。

 

まちづくりワークショップ、めちゃくちゃ良かったです。多様性を打ち出しているまちづくりをしたいならば、ディスカッションに参加する人も多様であるべきだと思うんですね。なので、こういう機会があったらスーツを着ずにトレーナー&スニーカーで乗り込みたいと思います。札幌の若者・馬鹿者・よそ者の皆さん、一緒に乗り込みましょう〜〜〜!!

友人たちが、社団法人を立ち上げた。その名も『ドット道東』

こんにちは、おかぴーです。テンションが上がるとジャンプしてしまいます。

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はらちゃんが撮ってくれたよ

 

友人たちが、社団法人を立ち上げた。
その名も『ドット道東』

 

遡ること10ヶ月。
会ったこともない、Twitterでフォローしてた人が知り合いの知り合いだったことが嬉しくて、思わずDMを送った。『3分でもいいので会いたいです、時間ください』と言ったら快諾してくれたのが、今回、社団法人の代表である中西拓郎くんだ。

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当時のDM。

 

その日は、チラチラ雪が降っていて、札幌のPARCOのスターバックスでコーヒーを飲みながら、はじめましての挨拶と、身の上話をしたと思う。それがたぶん、私の人生の扉を開けた瞬間だったのだと、振り返るとわかる。

それから1週間くらい経って、Twitterで拓郎くんと見知らぬ人たちから突然絡まれて、「大樹町に来ませんか?」と。

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この絡み方なんだよw

よく分からなかったけど、メインイベントが過ぎた夜に大樹町に行って、よくわからないまま酒を飲んだ。なんだか彼らは不思議な強い絆で結ばれている人たちなんだなと思った。それが、ドット道東のメンバーだった。

 

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撮影はドット道東の名塚ちひろちゃん

 

今まで、札幌外の北海道を知らなかった私は、「北海道を良くしたい」なんて傲慢なセリフで前職の営業をしてきた。もちろんその言葉に嘘はないんだけど、なんとなく、札幌外の地域は存在しているけど見えない地域だった。前職の営業で様々な市町村を回ってたけれど、そこに住んでいる人たちはおろか、同年代の人たちと熱く語り合うこともなかったのだ。

私が札幌しか知らない、傲慢な人間だと知ったのは、この彼ら・彼女らに会ったからだと思う。「自分の地元をもっと良くしたい」というシンプルな思いから動き出し、泥水すすって自分たちの足で進んできた、そんな彼ら・彼女らだ。私は、自分が口ばっかりで何もしてないことに気づいた。

 

そうして、彼ら・彼女らに会った3ヶ月後に会社をやめ、5ヶ月後に十勝に移住することを決めた。

 

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まるで絵画みたいな窓からの風景。やばくない?


 

仲間がすぐ側にいない環境は、周りが思っているよりもしんどい。彼ら・彼女らがやっていることは、きっと東京との差も感じていると思うから、難易度が非常に上がっていると思う。それでもやっていくんだよ、あの人達は。それが、すばらしくかっこよくて、「私の友人なんだよ」って自慢したくなっちゃうんだ。そして、ジリジリ心の底で嫉妬して、『私もやらねば』と強く決意するんだ。

 

私は、特に田舎に住んでいるわけでもないし、自分がプレーヤーというわけでもない(このニュアンス伝わるかな)し、道東に住んでないので「ドット道東じゃない方」だけれど、私ならではのことがやれるはずと思って、いまはコーディネーターという仕事をしているのだ。彼ら・彼女らは北海道の東側から、私は北海道の西側から、そしてはらちゃんは北海道のひだりうえ、ダンシング夫妻は札幌のみぎうえ、蝦夷丸氏とせいしゅうは北海道の真ん中あたりから、一生懸命車を飛ばして会いに行き、会うたびゲラゲラ笑いながらもバチバチ刺激を受けて、そうしてそれぞれの土地でやっていく。これがドット道東とドット道東じゃない私たちなんだと思う。

 

レインボープライドのスタッフをやらせてもらうことにした

さっぽろレインボープライドのボランティアスタッフとして、
当日参加することになりました。

社会的な運動に参加するのはこれが初めてのこと。ちょっとドキドキしている。

こうなったきっかけは、自分が結婚したことだった。

 

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結婚を望む全ての人が結婚できる権利を持てていない現状

あんなにも「結婚」を疑問視していた私が、いざ結婚したらすごく幸せを実感したので、 結婚を望む人は全てその権利を手にするべきだと思ったことを、過去ブログで触れました。

hiromi-okayama.hatenablog.com

 

問題なのは「愛し合う2人が結婚できる術が一部の人にない」ということ。
身体的な男性と女性は結婚する権利があるのに(例え愛し合っていなくとも)
身体的な性別が同じ愛し合う2人が結婚できる権利がないのは、
よく考えればおかしなことだなと思う。

 

じゃあ、結婚を望む全ての人に、
結婚ができる権利が等しく与えられるようにするには、どうすればいいんだろう?
と思って考えた結果、
まずその一歩として同性婚を法的に可能にするのが良いかもしれない。
じゃあ同性婚ができる社会にするために、自分ができることは何なのか?
色々考えた結果、結局何ができるか分からないから、
やれそうなことから始めることにした。

それが、さっぽろレインボープライドのボランティアスタッフでした。

 

「自分は応援したいけど”当事者”じゃないから」って本当なのか

レインボープライドとは、LGBTQが社会的に認知や権利を獲得するために
市民参加型の一大イベント、という私の認識です。

虹色を身にまとい、一致団結して町中を歩くことにより、
セクシャルマイノリティの存在をより多くの人に知ってもらう。
そして更には、セクシャルマイノリティが受けている「生きづらさ」も知ってもらい
それに対して社会的制度や市民の認知により改善してく、
なんなら行政へのアプローチだったりするんじゃないだろうか。そう思ってます。

レインボープライドって、
”いわゆる当事者”じゃないとだめなのかな?と、思っていた。
当事者っていうのは、セクシャルマイノリティの人たち。

私は自分の体が女性で、心も女性で、男性を好きになるタイプで
おそらくマジョリティなので、”当事者”に当てはまらないと思っていました。

 

最近、Twitterで見かけた「セクシュアリティ診断」をやってみたときのこと。

jobrainbow.jp

私、とある問いへの回答にめちゃくちゃ悩んでしまって。
その問が、
Q5. 好きになる(性的な感情を抱く)相手の性別にこだわりはある?
というものだったんですね。

確かに今まで異性しか好きになったこと無いけれど、
異性だから好きになったのか、好きになったのが異性だっただけなのか、
それがわからなくなってしまって。

そこで過去に見た、後輩がやっているメディアの記事を思い出しました。

 そもそもセクシュアリティはパキッと分けられるものではなくグラデーションだ。

と。
って考えると、LGBTQに”当事者じゃない”ってことは無いんじゃないかなと
思うようになってきました。

 

結論、私はおそらく「シスジェンダーヘテロセクシュアル女性」なのですが、
セクシュアリティのグラデーションの一部として、
結婚を望む全ての人が結婚できる権利を得られるように、
さっぽろレインボープライドのボランティアスタッフとして参加します!

 ※レインボープライドは、セクシュアリティは置いておいて、趣旨に賛同した方であれば参加できます!

 

余談:夫の会社のこと

夫が勤める会社はLGBTQに非常に寛大だそうです。
レインボープライドなどにも積極的に参加しているし、
会社の役員など偉いポジションにセクシャルマイノリティの人がたくさんいるし
Family Dayなどには同性のパートナーを連れてきたりするそうです。
もし、セクシャルマイノリティのような人を蔑む発言をしたら、一瞬でクビだそうです。
アメリカの会社すごい、というか、日本がよほど排他的なのが分かります。

夫の会社の本棚にも、セクシャルマイノリティの漫画があるそうです。
ちょっと読んでみたけど、非常に良かった。

 

 

人って、「自分の当たり前」の中に生きているから、
自分と違う条件の人と出会うと、気になるのは当たり前だと思う。
その素朴な疑問とか、実際にセクシャルマイノリティの人と対面して思う
モヤモヤとかを代弁してくれているから、すごく良い。
まだ1巻しか読んでないので、2巻目以降はわかりませんがw
主人公と自分を重ねて読んでいくと良い気がします。

 

参加者募集中

話がだいぶ逸れましたが、さっぽろレインボープライド2019は、
9月15日(日)に札幌市内中心部で開催されます。

パレードに参加してくださる方も募集中なので、
このブログを読んで興味を持ってくれた方、同性婚に賛成の方、
ぜひぜひ参加してほしいです!

www.sprrainbowpride.com